• Pedro

ご報告

日頃よりDance&Art Space SORA to UMI Pedro Lessonを受講いただき、ありがとうございます。

ここ数日、SORA to UMIはお休みを頂いておりますが、少し今の私達の状況をご報告させて頂き、ご理解とご協力を頂戴できればと思いまして、ここ数日の記憶をたどり文面を作成いたしました。

私達には、愛犬コーギーのすずがいます。

一緒に暮らしだして10年と3ヶ月が経ちます。

彼女は、私と敬子にとって、太陽のような存在であり又心の一部以上の存在です。

そのすずが、先週6月15日火曜日より調子を崩し、最初は、左後ろ足を引きずるから始まり、

翌日には、その足が右後ろ足の3倍ほどに腫れあがり、同日6月16日水曜日、動物医療センターに連れて行くことにしたのです。

検査が始まり、私はバイ菌が入り大変なことになったと、色々なことを思い起こしながら原因を自分なりに探していました。

その後20分ほどして、その動物医療センターの医院長先生から検査結果を告げられたのですが、もしバイ菌などが入り込んで腫れているとすると、その患部から膿が出ていて、抗生物質の薬で治療完了ですが、この腫れからは、その様なものは出て来ず、その代わりに、新しい細胞や古い細胞が色々混ざって出てきている。

これはガンの疑いがあり、それもかなり進行の早い骨肉腫のではないかとのこと、これだけ進行が早いと命の危険があり、全く楽観できない、

とりあえず今晩中にできる検査を全て行って、その後話し合いましょう。

と。

私のその時の心持ちは、大嫌いなジェットコースターにいきなり安全ベルトなしに乗せられたような、掴まる所もなく、恐怖と吐き気が一気に押し寄せ、

この事実をまともに受け止めることが、とても難しいと感じていました。

一昨日までなんの問題もなく、昨日も足が痛いのかな?位だったのに。

でも、すずは今から3年前も、今の今まで全く何の問題もなかったのに、

本当に突然、本当にあっという間に、痙攣と横方向へグルグル回転する発作を起こしたのです。

その時も、グルグル物凄い力で回転しようとするすずを、必死に抱き抱え、車で近くの動物病院へ連れて行きました。

今でも強く記憶しているのは、あれだけ抑えて抱き上げるのに必死だったのに、私が車の運転を始めた途端に、

すずはジッとグラグラする頭を、見開いた目でグッと堪えて、全く運転に支障を起こさなかったことです。

そうでした、

すずは、私が家で仕事の振り付けを始めると、今まで騒いで遊んでいても、ピッタとそれを止めていつもの定位置にフセをする、

教えた訳でもないのに、すずは、常に私が何をしているのかを察知して、決して邪魔をしてこなかったのです。

今回もそれを感じ取り行っている様でした。

なんとも早く病院を目指さなくては、と強く感じたこともまた記憶として鮮明に残っています。

そして、動物病院へ到着し、先生に診察してもらうと、

おそらく脳の障害が起こっているので、ここではなんとも判断が出来ない、

京都にある脳検査専門の施設へ行って、詳しく検査をして下さい。

と、紹介状を手渡され、最後には、難しい状況だけに安楽死も考える様にと付け足されました。

翌日早朝、引き付けと発作を抑えながら、なんとか京都の検査施設へ。

その京都の検査施設では、3つの要因が考えられると伝えられました。

一つ目が脳腫瘍、

二つ目が脳炎、

三つ目が脳梗塞。

検査結果が、一つ目と二つ目だと回復する見込みがなく悪化をたどり、

苦しむ前に安楽死を選択するのが良いとのこと。

唯一、助かる見込みのある三つ目が脳梗塞。

様々な後遺症との付き合いにはなるが、回復する見込みもある。

その言葉に、助かるには脳梗塞、これしかない!三つ目であれ!

と、藁をもすがる想いとは、こんな気持ちを指しているんだと肌の奥深くまで感じました。

その後、検査結果を待つこと3時間。

体力低下で、全身麻酔から醒めるか?の問題も抱えつつ、

当時、

私と敬子は、絶望の淵を二人、

手を繋いでトボトボ歩いていました。

そして心臓が飛び出そうな思いをしながら、検査結果を聞くと、

三分の一の確率を引き当て、

診断結果は脳梗塞。

決して楽観できる結果ではないのに、私たちは大喜びし、なんならサルサでも踊ろうか!なんて気持ちを爆発させたのを憶えています。

そこから三年と少し、常に後遺症と向き合いながら、家族として、ずず、敬子、私の三人は支え合いながら、幸せな時間を過ごしてきました。

いつしか私は、この時間は永遠に続くのではないかと思っていたのかもしれません。

しかし、またしても小さなすずの身体に、

重い病がやってきました。

私たちの心臓が見えない大きな手で握りつぶされそうな、

あの3年前の感覚が強く蘇ります。

血液検査・レントゲン・腫れている部分の内容物検査。

全身スキャンは、体力低下が酷く、受けることが出来ませんでした。

結果は、骨には異常がなく、ステロイド治療で様子を見るとのこと。正直骨肉腫ではないならと、ホッとしましたが、

先生からは、原因ははっきりしないが、ハッキリ言って良くはないと告げられ、その日は病院を後にしました。

それが6月16日水曜日夜。

翌日6月17日木曜日は、すずは少し回復もみせ、大きな腫れはあるものの痛みも和らいでいる様で、散歩にも行くことすら出来ました。

このまま、順調に回復するものと思い、6月18日金曜日・6月19日土曜日の午後までが過ぎました。

そして19日土曜日の夜には、お腹を見せての得意なリラックスポーズまでしてくれて、

あぁ〜よかった♪

とお腹を触ると、敬子がお腹の肌の色ってこんなに赤かったかな?と。

見てみると、異様に赤い、

と言うか赤紫。

そう内出血などでみる、それもかなりひどい色。

でもその夜は、すずもリラックスしているし、日にちが経てばと、

あまり気にならずそのまま休みました。

次の6月20日日曜日の朝、目が覚めると、すずが私のそばで私をジッと見つめています。

普段、寝る時は敬子のそばで過ごすはずですが、何かの恐怖や身体の不調の時は、私のそばに来るのが慣例です。

その時点で、これは良くないと飛び起き、すずに歩み寄ると、やはり呼吸も荒く、また左後ろ足をかなり痛がっています。

暫く考えましたが、様子をみる感じではないと思い、再度動物医療センターへ向かいました。

今回は、血液検査と昨晩から、お腹の色が悪かったことを伝え、内臓のエコー検査もお願いしました。

すぐに終わると思っていた検査は、思いのほか長く、嫌な思いが沸いて出きてきます。

でも私と敬子は、調子も上がってきていたし、悪くはなっていないだろう信じていました。

しかし、検査の結果は、左後ろ足の内部出血とは別に、内臓のどこからかなり出血しているとのことでした。

頭が真っ白になり、手の指にも震えを感じながら治療法を尋ねるのですが、

出血している部分を特定することは極めて難しく、仮に特定できたとしても、

この体力で手術をすることは、そのまま死を迎える可能性が非常に高い。

まず止血剤を打ち、それでもし止血できれば、そこから考えましょうとのこと。

内臓から出血?

なんで??

最初はただの足の痛みやったやん!?

怒りにも似た、そんな風がビュンビュン心に吹きまくりました。

私たちの元に戻ったすずは、凄まじく怯えきり疲れ果て、身体はもちろん、目にも力がない状態で、

私と敬子は、落胆しながらすずを抱き抱え、車を運転するのもやっと。

なんとか家に辿り着き、その後少しすずも安心した様子で、30分間ほど過ごしたでしょうか?

突然すずが、ぐったりしたかと思うと頭を床に擦るように倒れて行きました。

すぐに動物医療センターへ戻り、そのまま入院。

しかし、先生から言われたのは、

”今夜、越せないと思います”

その覚悟を持って見送って下さい。

めちゃめちゃ早い豪速球の球で、

私たちの間を通り抜けて行ったことすら気づかないほどの言葉。

促されるまま、意識も朦朧としているすずの、

大好きな太くて短い手を握りしめて、

大好きな顔にほおずりして、

大好きな全身の毛の匂いを嗅いで。

ただ二人で励ましの言葉を絞り出して。

膝が震え、どの方向へ自分たちが向かっているのか分からないまま、動物医療センターを後にできず、

車のそばで二人、

どれ位の時間か?

ただ立って、

これでいいのか?

この選択は合っているのか?

連れて帰らなくていいの?

連れて帰って何ができるのか?

多分そんなことを何度も何度もループし、

考えていたように思います。

あたりが暗くなると、綺麗な月が出ていました。


まだ連れて行かんで欲しい!

もうちょっとで良いから一緒に過ごさせて欲しい!

声に出して、何回も何回も。

そして、

緊急の連絡が入らないことだけを願い続ける、

長い、永い夜の始まりでした。

それが6月21日月曜日へ日がかわろうとする頃。

幸にも、朝の5時まで連絡はなく、また私たちも、すずのエネルギーを強く感じ取れ、

“すずは生きている!”

と、信じることが出来ました。

それならできるだけ近くへ行こうと思い、動物医療センターは勿論開いてはいませんが、

朝の6時前には駐車場へ車を入れ、建物の外観を眺めながら、すずへテレパシーを送りまくる、怪しい話しではないですが、

人は必死になるとなんでもするもので、ベンチに座ってすずの名前を呼んだり、ウロウロして何階にいるのか探ったりしていました。

その時不思議にも、警戒心の強いはずのスズメが一羽、ベンチの背もたれ、

それも敬子が座っているすぐ真横に暫く止まったかと思うと、

動物医療センターの建物の二階あたりをしきりに飛び回り、その後去って行きました。

あれはすずの居場所を教えてくれていたのかもしれません。

そんな色々な想いが交錯する中、待つこと3時間。



家族三人、

それぞれが苦しい時間を経て、

やっとの思いで再会できました。

しかし再会できた診察台のすずは、

美しい毛並みはみる影もなく、嘔吐や排便にまみれ、身体はガタガタと震え、

目は恐怖の一晩を過ごしたことが、簡単に読み取れました。

それでも、私と敬子を認識すると、力のない手をバタバタとし、

腫れの残る後ろ足を精一杯踏ん張って、グラグラになりながら、

ほんの一瞬、ほんとに瞬きする一瞬ほどでしたが、手足をそれぞれに八の字に開きながら、グッと立ち上がりました。

あぁ〜、

本当に可哀想なことをした。

やっぱり昨日、置いて行くんじゃなかった。

昨日、すずを病院に置いて、車を走らせ始めた時、

私たちは既に大きな後悔をしていました。


なんとなく、病院なら安心なんじゃないか?

誰かが見てくれているんじゃないか?


でも現実問題、動物病院は人の病院とは違う。です。


もちろん動物医療センターの問題では全くなく、世間では、

犬は、本当の家族として中々に捉えてもらえないと言う事実。

またそれを、薄々は理解していたにも関わらず、すずを置き去りにし、

責任転嫁をしようとした後悔の念。

診察台の上で、ぐったりとしているすずを、

タオルやウエットティッシュできる限り綺麗にして、できる限り全身を撫で撫でし、

連れて帰りたい旨を先生に伝えると、

先生からも、もうそれが良いとのこと。

私たちが、家ですずにしてあげられることは、

酸素の吸引のみ。

何か臓器からの出血や脳障害が大きくなれば、

どうにもできない。でも、

それでいい。

終わるなら、

家で、

家族三人、

一緒がいい。

ほんとそれでいい。

今回はハッキリ決断できました。

車に酸素吸引機とボンベを積み込み、家路へと走らせました。

すずと敬子と私。

再会でき、帰宅が叶った喜びで、

これからのことなどどうでも良く、本当に、ただ一緒に近くにいられる、

それだけを感じていました。

車内は本当に束の間かもしれない、

幸せいっぱいな

ひと時でした。

それが6月21日月曜日午前。

21日月曜日午後からは、敬子と私で交代しながら、

完全に寝たきりで、意識も朦朧、呼吸が以上に荒いすずの病と、

私たち家族三人の闘いが始まりました。

気をつけることは、

いきなりの脳の発作で、身体が回転して頭や内臓を打たないこと。

その時に、私たちが慌てて内臓を強く圧迫しないこと。

呼吸を3時間ごとに計測、定期的な酸素吸引をさせること。

排便を処理すること。

そして痙攣ひきつけを起こした時、

呼吸が停止する前に何とか酸素を身体に入れること。

中々の重責ですが、なんでしょうね?

私たちは、

消えかけていた命が、

また戻ってきてくれた。

ただそれだけで、なんともそれらを苦に感じず、

楽しむ訳ではないですが、幸せでした。

そんな想いを持ちつつ、

6月22日火曜日、6月23日水曜日と、

薄氷を履む一晩一晩を過ごしました。

6月24日木曜日。

すずの回復ぶりは素晴らしく、

補助もなく頭を持ち上げるまで出来る様になりました。

その頭を持ち上げて頑張っている様は、

本人は心底大変で、平衡感覚がなく地面がグラグラ大地震なのですが、

その揺れる地面に対応して、頭を左右に振る、

まるでヘビ使いに操られているコブラの様。

敬子と私は、すずの順調な回復に安堵し、

笑顔で、その可愛い顔を左右に振るコブラダンスを暫し眺めていました。

それが6月24日木曜日午前。

そろそろお昼を迎えようとしていた頃、

私は、すずが順調なこともあり、気分転換をかねて、家のまえで車を洗うことにしました。

それを数分ほど続けたでしょうか、

突然、敬子が家から必死の形相で叫び、私を呼んでいます。

その時点で家の中で何が起きているか察せました。

家に飛び込んでいくと、

すずがひどい痙攣を起こし、

口からは大量の泡を吹いています。

“つれて行かれる”

大きな恐怖が襲う中、

私たちは、死の物狂いで、口から吹き出る大量の泡をとり、

抑えきれない力で痙攣する身体を抑え、酸素ボンベの栓を開きました。

目は見開き、呼吸は止まっています。

すずの名前を必死に叫びながら、どれ位の時間が経ったのか?

おそらく10分間くらいでしょうか、もしかするともっと短い時間かもしれません。

すずが、

戻ってきました。


しかし、その後15分間隔で同じ痙攣、大量の泡を吹く、

が二度繰り返されました。

もう、すずが保たない。

そう思った3時間後に、

四度目。

"もう小さなこの子をいじめんな!"

湧き上がる怒りが、

私をダメにしそうでした。

しかし、それでもすずは、

四たび戻ってきました。

ただ、これらの出来事の代償は大きく、

脳への障害がかなり進んでしまった様です。

そりゃそうですよ、

酸素が脳に行かない状態を何度も繰り返した訳ですから。

その後は、全く動けなくなり、動く時は脳障害で意識とは別に、

右へ右へと酷く回転します。

体力の消耗も限界を超えています。

折角、一生懸命回復を見せていたのに、

私たち家族は、底の見えない奈落へ、

何度も、何度も、何度も、

突き落とされた心境でした。

今夜は、家族揃って無事越せるのか?

誰も口にはしませんが、厳しいことは明らかでした。

いきなりの呼吸困難、脳障害からの酷い暴れ、麻痺しつつある脳で朦朧としているのか、

滅多やたらと吠えないすずが、吠え叫び、悲しみの声も出します。

“つらい”

二度目の、

長い、永い辛い夜でした。


6月25日金曜日。

すずの諦めない心が、

また少し兆しを変え出しました。

一人で、脳障害の方向とは逆へ、自身の強い意思と身体で向きを変え、

頭を必死で持ち上げてはクッションの上へ倒れるを繰り返しています。

必死で平衡感覚を掴もうとして、倒れては起き上がる。


私たちのすずが、本当に誇らしいです!


今現在は、

私の横で落ち着き同じ姿勢を維持してくれています。

顔は穏やかで、もしかして病なんて患ってない?

と思うほどです。

しかしながら、

これが何時また急変するかは誰にもわかりません。

すぐに命の危険もくる。

それも深く深く承知していますが、

すずと敬子と私。

三人で、

貴重で二度とない、

この命の旅、

行けるところまで、

精一杯行こうと想います。

SORA to UMIレギュラーレッスンは、すずの容態の急変により、

急遽中止となる場合がございます。

どうぞ受講日のレッスン開始前に、LINEやメッセージ・Facebook等で、

レッスンの有無を確認ください。

本当に勝手なお願いになりますが、どうぞ皆様のご理解ご協力を頂ければ幸いです。

宜しくお願い致します。

Dance&Art Space SORA to UMI

Pedro&Keiko



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